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TOYOTA CORONA [国産車]

Toyota-CORONA をご紹介します。
コロナは、Toyotaがクラウンに次いで世に送り出した『二番目の車種』であったと思います。
私の記憶が確かなら、初代コロナは 1000cc 33ps 4人乗りでデビューし、その後 Toyota の中心的な車種の仲間入りをしました。

デビューから私の記憶に従い、古い順にカタログを並べてみました。
では、どうぞごゆっくりご覧ください。

 

 

 

どうでしたでしょうか?
できれば感想などレスして頂ければとても嬉しいです。

ありがとうございました。


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コメント 10

mash

私が子供の頃、初めて乗った車が父親の68年型コロナです。
家族5人も乗ると高速道路で100km出すのがやっとという車でした。
エアコンなど無く、車内には団扇が常備されていたのを思い出します。
現行Mark Xの原点ですね。
by mash (2005-10-30 15:03) 

hide-G

mashさま
私自身も1960年代にコロナに乗っておりました。そうでしたねぇ~。もちろんエアコンなんて無かったし、大勢乗ると坂道なんか車がシンドそうで…。
でも雨が降っても濡れない…大勢1度に好きなところに移動できる…それだけで十分な時代でした。当時からは現在の様なモータリゼーションの発展を誰も想像できなかったでしょうね。
by hide-G (2005-10-30 16:52) 

gop

最後に載せられているRT80が発売された1970年、小学校の社会科見学でトヨタ本社に行きました。センターホールにRT80が誇らしげに展示されていたのを覚えています。コロナも初期から関東自動車生産モデルですね。
http://www.kanto-aw.co.jp/products/history/1970.htm

見学の記念品に貰ったハンカチ(東名神高速ルートと当時のトヨタ車のイラスト入り)は今も大事に取ってあります。
by gop (2005-10-31 05:38) 

hide-G

gopさん
当時のトヨタが世に送り出した誇れる1台だったのでしょうね。
私も7月に小用があり、トヨタの田原工場を訪れましたが、メインエントランスにはセルシオが展示されていました。時代の流れを強く感じます。
by hide-G (2005-11-01 20:40) 

大内 誠

hide-g様
僕が免許を取って最初に乗った車がここに出て来ますコロナ1500スタンダードでした。もちろん中古です。輸出名はテイアラ。コラムシフト、ベンチシートのやつ。インパネのイラストを見て、スイッチの位置等を思い出しました。今見ても良いデザインですよね。上品ですし、今のレクサスとは違いますね。当時飛ばし過ぎまして路面電車のレ−ルに乗ってしまい、スピンしてしまったのを思い出しました。もう時効ですね。
by 大内 誠 (2005-11-07 23:19) 

hide-G

大内先生
実は我が家にも、この丸目4灯になったばかりの頃のコロナ1500がありました。当時、自営業を営んでおりまして営業外廻り用で使用しておりました。
今の時代のクルマは自動車本来の性能だけでは飽き足らず、家庭の中にある娯楽の為の機器をすべて詰め込もうとしてる気がします。
この時代のクルマの方が、純粋に「クルマ」として見た場合、私は好きですねぇ。
by hide-G (2005-11-08 22:06) 

野うさぎ

コロナの1500に、乗せてもらった事が有ります
一般的に、車社会の走り、だったように思いますが・・・
ハードトップって、懐かしい響き、嬉しくなります
by 野うさぎ (2005-11-10 01:32) 

hide-G

野うさぎさん
車の形式には様々な呼び方がありますよね。セダン,ワゴン,バン,クーペ,サルーン・・・。これらの言葉のほとんどが馬車の形に由来しているようです。
ハードトップ…最近はこの言葉を聞くと、ベンツSLKの様にトランクルームから文字通り「金属の硬い屋根」が出て来る「ハードトップ・オープン」を想像してしまいます。
by hide-G (2005-11-10 08:28) 

NO NAME

beutiful!!!.. excelente..

http://groups.msn.com/ClubToyotaCoronadelPeru

leonardo
by NO NAME (2007-10-17 11:39) 

岩㟢伸一(いわさき)

初めまして拝見いたしました、実に懐かしいですね。
私が初めて買った中古車でした、赤の1900のハードトップだった。
車には装備されたカセットテープが有ったがこれが「8トラック。」でして当時は主流だったんですね、でも車内の温度で延びてとても聞けたものでは有りませんでした。
でも整備とガソリンさえ入れておけば何も文句を言わず何時も私の思う所へ運んでくれました、昭和50年当時の私は週末のお休みに向けて日本地図を壁に貼りダーツの矢を放って遊びに行く所を決めて経路と経費(旅費。)等を計画して楽しんでいました。
そう言う意味では「ダーツの旅。」はタレントの番組より断然!、私の方が先だと自負しています(笑)。




by 岩㟢伸一(いわさき) (2017-05-27 08:57) 

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